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2006年3月23日 (木)

懲罰委員会

さてと。
何から書き始めましょうかね。もりー徹底論戦④ 「vs.小兄」編

もう1度、「刑法」に関して「ここぞというテーマ」を決めて下さい。

とありますが、そのエントリーの最後の方にある

>「僕の私的な考え方ではない」という点に留意を。
と小兄が書くのは、「学説的にこういう考え方が主流じゃないか」という意味で、ボンクラな我々に分かり易いように書いてあることは伺えますが、永田議員ではあるまいし、それを展開するにあたり一定の自分なりの吟味がされており
「単に一方的な学説の受け売りをしてるだけじゃないんだぜ」という常識人としての意思表示が含まれていると取れます。

これは違います。
しつこいようですが、学んでから10年以上経っている現在、記憶はかなりあやふやです。
「予見可能性って、どうだったっけな?」
と思い出しながら書いているわけで、ネットで検索すればすぐに分かるんだけど、今なおダイヤルアップ接続を余儀なくされている状態で検索する気も起きないまま、記憶だけを頼りに書いているので、間違った解を出している可能性もあります。

が、僕が書いた「解」は算数における四則演算と同じように、刑法における基本中の基本。「学説」ではありません。「式」です。

「構成要件該当性」「予見可能性」「責任能力」
この3つは「犯罪を成立させるための大原則」です。
構成要件に関して、議論はあると思います。
予見可能性、責任能力に関してもしかり。
「どのレベルで線を引くか」というのは難しい問題だと思います。
でも、3つの原則を全てクリアしなければ犯罪は成立しない。

「罪」が成立して、初めて「罰」が適用される
「刑罰」なるものは人の財産や自由を拘束するものです。だからこそ、その前提となる「罪」はルールをはみ出してはいけない。
もりーは

「論点六法 憲・民・刑」 三修社刊
てな今すぐ使えそうな本も持ってるんですけどね。一部参照してます。

てなことを書いて、僕が前に出した窃盗行為、殺人行為について、条文を根拠にいきなり殺人罪と窃盗罪を適用してしまっていますが、正直なところ、それを「可」とする本であれば参照しない方がいい。
「条文を適用するためのルール」を学ぶべきでしょう。

しつこいようですが、僕が書いたのは「ルール」です。「学説」ではない。
だから、

私はこの説を持って私の持論を展開します。
この説はつまり私の意見そのものです。
もしこの説自体が否定されるようなことがあれば、それはその説を吟味して信じた私が悪いのです。
となりますね。

とはならないわけです。
「1+1=2」
これを信じている人間に責任があるでしょうか。

過日、日航機ニアミス事故の管制官2人に無罪判決が出ました。
いろいろと理由をつけてましたが、一言であらわすと、
「予見可能性がなかった」
です。

時々、検察が「起訴不当」という判断を下し、起訴しないことがあります。
あれはなぜかというと、いろいろと理由をつけながらも、結局は
「構成要件該当性を満たしていないから」
です。

オウムの教祖裁判がいまだに続いています。
何を争っているのか。
「精神鑑定が云々」という話をしているようですが、なんのために精神鑑定をするのか。
それは「心神耗弱状態であった」ことを立証するためです。
それが立証されればいかなる判断が下されるのか、というと
「責任能力なし」
です。

条文に違反している「はず」なのに「無罪」とはいかがなものか。
これは結局のところ、
「条文違反だけでは犯罪を成立させられないから」です。

刑法を理解していると思われる人が周囲にいたらぜひとも聞いてください。
誰に聞いても僕と同じ答えを返します。
「犯罪を成立させるためには、構成要件該当性と予見可能性、責任能力が必要だ」と。
そして、「犯罪が成立して初めて刑罰が科される」と。
まぁ、

ちゃんと裏付けは取っておきますので、ご安心を。

ということなので、安心です。
逆に、違う解釈が出てきたなら、つまり、犯罪を成立させる要件として
「構成要件該当性」「予見可能性」「責任能力」
というステップを「必要ない」という「学説」が出てきたらぜひとも教えていただきたい。
少なくとも僕の周囲では100人いれば100人とも「必要だ」と答えます。
違うという意見があれば、それは新たな発見になるので、ついでにどの文献をあたればそのような説に出会えるのかも聞いておいてください。

さて、もとに戻ります。

だから制限時間や回数制限を設けないと、いつまで経っても終わりようがない。
そんなわけで小兄にお願いがあります。
もう1度、「刑法」に関して「ここぞというテーマ」を決めて下さい。

ですが、こちらとしては、「刑法とはこういうものだ」という定義は何度も出しております。
それも毎回同じ内容。
「罪が成立して初めて罰が適用される」
「罪は論理的に導き出されるもの。罰は感情的側面を勘案して科するもの」

それに対するもりーの反応はというと

池袋のイメクラでヌキヌキ →(中略)→そして新宿以北エリアの馴染みのヘルスに「あー、やっぱここがいちばん落ち着くわー」とお帰りあそばす毎日山手線内を渡り歩いて忙しかった小兄

と具体的な反論は一切なし。僕に対する誹謗中傷で埋め尽くされたエントリー。

いや、永田議員は気の毒ですな。
ウラを取らずに個人を中傷するとロクなことにならない。
事実無根にも関わらず、「あいつは間違っている」という大前提で話を進めてしまい、相手の意見に耳を傾けようとしなかったがための懲罰委員会。

討論にはルールがあります。
「知らない」ということは恥ずかしいことではないが、そこを指摘されて個人攻撃に入っていくのは恥ずかしいことではないかえ?
「三つ巴」なわけだから、3種類の考え方がある。
僕は霧鈴に対して「暴言」を投げかけてしまいましたが、霧鈴の指摘により、それが「ルール違反」であることを認識し、謝罪文を出させていただきました。

さて、僕としては、「三つ巴ブログ」では思想的な衝突は面白いと思うんですが、感情的な衝突は避けるべきだと思いますが。

討論には勝ち負けはないと思っていますが、具体的な反論ができない、ちんぽかゆい奴に聞いてからでなければ無理、だから中傷に走る、という時点で討論においては「負け」なんよ。

少なくとも僕と霧鈴は、他の2人の誰かの人格を無意味に貶めるような文言は一切書いていないが、もりーは今後もこの路線で行くおつもりか。

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