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2006年4月23日 (日)

日本には共産主義がふさわしい―民主主義論5

僕は「イデオロギー」なるものの背景には必ず「宗教」が絡んでいると思っています。

4月22日(だったかな?)、訪米中の胡錦濤・中国主席がアメリカ某所での演説で、中国の民主化について
「中国には中国のやり方がある。アメリカ的な民主主義万能論は中国には当てはまらない」
といった旨の発言をしたとの報道がありました。
発言の正確な内容は覚えていませんが、そんな内容だったと記憶しています。

さて、僕は今までこのブログ「新・えせ記者徒然」で日本の社会システムについて、宗教を絡めた僕なりの考察を書いてきました。

1…「社会システム
2…「平等とは
3…「日本は無宗教国家か
4…「日本の常識は世界の非常識なのか

まだまだ書き足りない…というか、上掲4本の記事の続きを書いてから結論を書こうと思っていたのですが、急遽予定を変更して、一足飛びに結論を書きたいと思います。
というのも、「書きなぐソ陪審」の「てんやもの」に、僕が「結論」として準備していたものの一部があったからです。

筆者Mollyは堀江氏逮捕に関して
「天安門事件を思い出した」
といったことを書いております。

堀江貴文氏個人への好き嫌い感情は別として、
私はこの一連の捜査逮捕は「自由主義への弾圧」であると感じ、天安門事件に重なったのです。
先程「正義」について考察しましたが、日本の民主主義はやはり日本独自のムラ共同体的な社会主義・共産主義の上に成り立っており、日本の「自由主義の正義」はこれまた日本の「民主主義の正義」に踏み潰されたんだなー、と。

そして続けます。

「社会主義・共産主義」という言葉にアレルギーを起こす日本人が多いのは、ソ連や中国・東欧・北朝鮮といったマイナスイメージが強いからであって、元来の思想自体は決して悪いものではありません。

そこまで読んで、「これがオレの導き出したかった結論だ」と感じました。
いわば、「先に書かれてしまった」わけで、だから、とりあえず僕の「結論」を先に出して、検証は後回しにしよう、と。

その僕の結論ですが、
「日本に自由主義、民主主義はない。日本の実態は共産主義国家だ」
というものです。

「民主主義とは」
という部分については過去にもそれとなく触れてますし、今後もちらちらと触れていきたいと思いますが、いずれにせよ、日本の実態は共産主義国家、それも極めて理想的な共産主義国家だ、と思う次第です。
(自由主義については、書きかけの記事がありますので、完成次第掲載します)

まず、「共産主義」なるものを世界で最初に文献に記した人は誰か知っていますか。

言わずと知れたマルクスです。

…と言いたいところですが、実は違います。

歴史に名を残す”超変態”、SMというアブノーマルな性交を世に知らしめたマルキ・ド・サド侯爵です。
代表作は「悪徳の栄え〈上〉 」「悪徳の栄え〈下〉 」ですが、彼は「危険思想家」として、フランスのバスティーユ監獄に終生監禁されました。その中で数々の書を記しています。
サドの経歴はここでは関係ないので割愛しますが、彼が書いた書物の中に超大作「ジュスティーヌの冒険」なるものがあります。
確か、全文訳は日本では出版されていないと思うんですが、その中の一部を渋澤龍彦氏が「食人国旅行記 」として刊行しています。

主人公は「食人国」のタイトル通り、様々な「非文化的な土地」を訪れるのですが、その旅の中で「ユートピア」にも立ち寄ります。
人々は礼儀正しく、勤労を美徳とし、生産した食物などはいったん一ヵ所に集め、それを均等に分配する。
訪れた異邦人を手厚くもてなし、旅人が出発する際に、旅を続けるのに十分な食料を、皆がそれぞれ持ち寄って、旅の無事を祈りながらその食料などを手渡す。
主人公は「これこそ理想郷だ」と深く感動する。

…というシーンが描かれています。
その「理想郷」ですが、これはサド侯爵の想像の産物ではありません。
一部に脚色があるものの、モデルは明確に日本だと分かるような書き方をしています。

冒頭に戻ります。
中国主席の発言、「中国には中国のやり方がある」ですが、その通りなんですよね。
「民主主義」というのは「平等」という概念がなければ生まれてきません。
「平等」という概念は「唯一絶対なる神」が存在しなければ出てこない概念です。

でも、中国には「唯一絶対神」は存在しない。
だから、「アメリカ的民主主義」は絶対に根付かない。
それを胡錦濤は理解していた。
中国が民主化に進んだとしても、それはアメリカとはまったく違う形の民主主義になると思います。

日本だって同じです。
日本には日本流のイデオロギーがあってしかるべきはずなんです。
が、今ではどうでしょう。
日本にあるのは「アメリカ的民主主義」でしかない。

書きなぐソ陪審にもある、

「社会主義・共産主義」という言葉にアレルギーを起こす日本人が多いのは、ソ連や中国・東欧・北朝鮮といったマイナスイメージが強いからであって、元来の思想自体は決して悪いものではありません。

ですが、日本人が社会主義、共産主義という「言葉」を毛嫌いするのは、アメリカの誇大宣伝によるものでしょう。
かつてハリウッドでは「米国v.sソ連」という映画が量産されていました。
ソ連崩壊後は「米国v.s中国」という映画が連発されました。
このような「娯楽」映画を、深い考え方を持たずに見てしまうと、
「ソ連や中国は極悪非道な国だ」
というイメージが日本人に定着するのは当たり前です。
(映画を見るまでもなく、僕は中国は大嫌いですけど…)
さらに言えば「アメリカって素晴らしい」に行き着く。
一種の「洗脳」ですね。
アメリカが国策として映画産業を後押ししているのは、この「洗脳」の効果を期待しているのではないかと個人的には思っています。

だけど…

広島に原爆を落とした国、ベトナムに侵攻した国、明確な根拠もなくイラク、アフガンを「侵略」した国、世界で唯一、国際司法裁判所から「テロ国家」として有罪判決を受けた国、自国は地球を何度も滅ぼせるだけの核兵器を持っていながら、イランの核開発に異議を唱える国…

そんな国が果たして「素晴らしい国」なんでしょうか。
アメリカは「世界の警察」を自称していますが、国連安保理の決定など、どこ吹く風で他国に平然と戦争を仕掛ける。
僕に言わせれば「世界の警察」どころか、「世界の独裁者」です。

その「独裁国家」が他国に押し付けるイデオロギーが世界に通用するはずがありません。
つまり、日本における「民主主義」「自由主義」なんてものは、表面的なものにすぎず、根底に流れる日本独自の思想とは相容れないものです。

さて、

私はこの一連の捜査逮捕は「自由主義への弾圧」であると感じ、天安門事件に重なったのです。
(中略)日本の民主主義はやはり日本独自のムラ共同体的な社会主義・共産主義の上に成り立っており、日本の「自由主義の正義」はこれまた日本の「民主主義の正義」に踏み潰されたんだなー、と。

ですが、上記の通り、日本には民主主義はない。アメリカ産の自由主義もない。

従って、

日本の「自由主義の正義」はこれまた日本の「民主主義の正義」に踏み潰されたんだなー、と。

というのは、この一文だけをピックアップすれば、
「自由主義も民主主義もないのに、堀江氏はそれが存在するかのような錯覚を起こしてしまった」
と書き換えることも可能…というか、そう書き換えた方が妥当だと思うわけです。

それはなぜかというと、
日本は共産主義国家だからだ
という点に行き着くのではないでしょうか。

…なんだかまとまりのない文章ですみません。後日、あらためて筆を起こします。

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