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2006年12月 9日 (土)

正義といじめと戦争と

過日のエントリー、

「教育基本法改正」
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_ff13.html

にコメントがつきました。
コメント欄でお話しても構わないんですが、あえて新たに項を起こしてみたいと思います。

「大東亜共栄圏って…」
という点についてなんですが、僕はそれを「悪だ」とか「正義だ」とか、一概に言い切れるものではないと思っています。

長文ではありますが、過去に

「メディア・リテラシー」
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_3090.html
「メディアと正義」
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_0f45.html

にも書いたことがあるように、「正義」は決して一つではありません。時代とともに変遷し、そして人の数だけ正義が存在する。
現代社会において「悪」とされる侵略行為でも、時代背景によっては「正義」とされることがあるわけです。

強国に追い詰められ、逃げ場を失った当時の日本政府が、陸軍の暴発により戦争を起こしてしまった。
そして負けた。

コメントを寄せてくださったYoshiさん(http://geocities.yahoo.co.jp/gl/yoshiaki_takenaka)の主張を読むと、
「一理も二理もあるな」
と納得できる部分多々。

基本的に、「左翼思想がキライ」という点では一致しているのではないか、と。
ただ、「出来事を多角的な視点から眺めてみる」という僕のスタンスとは微妙なズレがある。
僕は左翼思想を喝破する必要はない、と考えています。
左翼思想にも「正義」は存在する。
ただ、その論調の出発点において、誤認識がある、という部分を指摘した上で、議論を交わす必要がある。
完全に論破して、左翼的思想を一切認めない、となると、言わずもがなですが、それは大政翼賛会の世界になってしまうのではないか、と。
(ちなみに、僕がサヨを嫌いなのは、僕のような右翼系の論調に対して「一切聞く耳持たない」とか、こっちが認めるまで徹底的に論戦を仕掛けてくる、負けると個人攻撃にはしる、という点で嫌いなわけで、「妥協点を探ろう」という姿勢の左翼論者は嫌いではありません)

「大東亜共栄圏思想は権力志向」
という論は、たしかに「政治的側面」において事実なのかもしれません。
が、それを信じて戦った人たちにとっては、「権力志向」など無関係だったのではないか、と。
真に「アジアの解放」を信じて戦った人たちに対して
「あれはあくまでも権力志向だ」
と断じてしまうのは、僕の心情的に
「それじゃ『個人の信念』を無視しすぎてないか?」
と思う次第です。

「権力志向だ」
と言い切ってしまうと、インパール作戦その他、アジア諸国独立のために、戦った兵士たち、そして、終戦後も現地に残って戦い続けた兵士たちの行動は説明できなくなってしまう。

政府は「国益主義」だったとしても、兵士は「愛国主義」だったわけです。
だから僕には答えが出せない。
いままで散々エラソーなことを書いてきましたが、信念に基づき、命を懸けて祖国とアジアのために戦った人たち、いわば「大和魂」を実践し、散っていった人たちに対し、平和ボケボケの日本で、このブログに仮面ライダーがどうだとか、サッカーがどうだとか、そんなことを書いてきた僕が、彼らを「断罪」できると思っているほど横柄な人間ではないつもりです。

また、「大東亜共栄圏」という思想も、先の大戦において「初めて」日本が掲げたものではない、その思想は(僕が知る限りでは)戦国時代から存在していた、と考えています。

豊臣秀吉による朝鮮出兵は2隊に別れ半島北岸と南岸を進軍していきました。
そのうちの1隊を率いる武将・加藤清正の行った行為は完全な「侵略行為」だったようです。
一方の隊を率いる小西行長なんですが、これ、何度も朝鮮、及び明に対して、
「北東アジアに巨大貿易圏を作ろう」
といった旨の書簡を送っています。
その書簡は途中で握りつぶされ、実際に明国に届けられることはなかったそうですが、これって、もしかして「大東亜共栄圏」のさきがけだったのではないか、と。

行長は秀吉の死が近いことをさとり、そういった書簡を送ったらしいですが、それを読むと、
「戦争はやめよう。貿易しよう」
という、「商人武将」らしい発想が見受けられる。

それを「大東亜共栄圏」的な発想だと捉えるのは決して間違ったものではないと思うんです。

歴史は断片的なものではない。連綿として受け継がれていくものなわけですから、大東亜戦争だけを見れば、「共栄圏」は政治的、権力的なものとして受け止められても仕方ないんですが、そこに至るまでの、数百年に及ぶ歴史を見たとき、
「もしかしたら、日本人には最初からそういう発想があったのではないのか」
と感じられるんです。
それも、聖徳太子の時代から。
「対等にお付き合いしましょう」
みたいな発想が、ね。

・・・といった余談はさておき。

ある一つの主張を
「これこそが正義(もしくは『真実』『事実』)だ」
と断定することは、冒頭にあげたメディア論にも書いていますが、非常に危険な思想だと感じるわけです。
「自分はこう思う」
そこまでしか言えないんではないでしょうか。
たとえそこにどのような歴史資料があったとしても、です。
資料に残らない歴史だって存在するわけですから。

極論ですが、例えば、
「邪馬台国はどこにあったのか」
みたいなものが、ね。

だから、その穴は推測で生めるしかない。
「Aという資料がある。Cという資料がある。でもそれをつなぐBという資料はない」
となると、Bの部分は推測でしかない。
また、資料に関しても、すべて揃っていると思っていたところ、後から違う資料が出てきた、なんてのも、ザラにある話です。

話かわって、いじめ問題。
いくつかの論調があります。
「いじめはダメ」
「いじめられる側にも問題がある」

などなど。

僕はどちらの言い分にも「正義」があると思っています。
ただ、「正義」だからといって集団で個人を攻撃することは、決して許してはならない、それをすれば、「正義」が「正義」として認められることはない、とも思います。
僕は基本的に、そういう考え方をするタイプですから、先の大戦についても、ABCD包囲網などという、国際的な「日本いじめ」は「正義」ではない、と思うわけです。

いじめられる側に問題があるなら、一対一でケリをつければいいわけで、何も集団でよってたかって袋叩きにする必要などない。

あと、
「いじめ2-文科相からの手紙」
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_8729.html
にもコメントをつけていただきました。

最近、新聞などで
「がんばらなくていいんだよ」
との論調を見かけます。

それはそれで、たしかに一理あるのかもしれません。
でも、頑張らずに生きることを覚えた人間は、果たしてどのような人間になるのか?
「学校に行かなくてもいいんだよ」
などという論調もありますね。
たしかに、ガッコーのセンセーなんて、まともな連中は少ない。
英語や国語、数学などしか教えられないアホどもが多い。
だからといって、親御さんが「それじゃいじめられるぞ」と脅しをかけるのはいかがなものかと思うんですが、やはり最後は自助努力と好奇心なのではないか、と。
特に、好奇心が大事ですね。

いじめとはあんまり関係ないようだけど、いま、僕は仕事上で大きな悩みというか、ジレンマというか、ある種の「壁」にぶち当たっています。

言い換えれば「仕事が俺をいじめてる」状態です。

そこで時々、考えます。

「この壁を乗り越えれば、どんな世界が広がるんだろう」

と。

いじめ自殺の報道がなされるたびに思います。
「自分自信の未来に対する好奇心を教えてやれる大人はいなかったのかな?」
と。
追い詰められている人間はとかく視野が狭くなりがちです。
かつての僕もそうでした。
でも
「正義は我にあり」
「数年後にはすべてが変わるかもしれない」

と思える心を育てることって、大切なんじゃないでしょうか。
時には戦い、時にはガマンする。
そして
「明日は明日の風が吹く」
ですね。

・・・過去にサイト(http://homepage1.nifty.com/ksk628/frame2.html)も仕事も含めて膨大な文章を書いてきましたが、おそらく、今回ほどまとまりのない駄文はないかもしれない・・・

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コメント

 記事に取り上げて頂けるとは、恐悦至極に存じます。

 >>基本的に、「左翼思想がキライ」という点では一致しているのではないか、と。

 これは少し違うかと。私は「誤りを訂正しようとしない人がキライ」なんですね。以下の記事を読んでいただけると、私の考えが分かって頂けると思います。
 http://geocities.yahoo.co.jp/gl/yoshiaki_takenaka/view/20061101
 つまり、誤りを認めない人は、右翼的な人でもあまり好きではありません。そういう人は、得てして時流に乗ってるだけですから。そういう私も時流に乗る傾向がありますが。

 >>「出来事を多角的な視点から眺めてみる」という僕のスタンスとは微妙なズレがある。

 「内部に原因を求めるのが科学的態度である」と私の大学の教授に散々怒られたもので。その教授の専攻はマクロ経済学ですが、従属理論を批判するからこそ、そういう考えを持っていると思います。
 これを大東亜共栄圏に応用すると、大東亜共栄圏構想に繋がる下地が日本に元々あり、最後に背中をポンと押したのが、対日石油禁輸措置やABCD包囲網なのかなと思います。小兄さんはその下地を聖徳太子・小西行長に求めてらっしゃいますが、私は西田幾多郎の京都学派に求めています。しかし、言われてみると「日出処の王書を日没する処の天子に奉る」とすべきところを「日出処の天子書を日没する処の天子に致す」ですからね。聖徳太子に求めるのはなかなか斬新でありながら、それでいて論理的に矛盾がない。

 >>政府は「国益主義」だったとしても、兵士は「愛国主義」だったわけです。

 マクロな視点とミクロな視点では結論が違う、と。確かに言われてみればそうですね。「戦争が終わったのに日本に帰らず、ビルマの独立のために戦った人がいる」という事実はそれでしか証明できないですし。

 

投稿: Yoshi | 2006年12月 9日 (土) 14時21分

改めて自分が書いたものを読み返して、補足しておかなければならないと感じたんですが、今回のエントリーはYoshiさんを批判するつもりで書いたものでもなければ、反論するために書いたものでもない、という点はご了承ください。

Yoshiさんの考え方が僕にとって魅力的なものだったので、
「じゃ、自分もその筋に乗ってみようか」
と思って書いたところ、なんか批判的な雰囲気を漂わせるものになってしまったわけです。

大東亜戦争と聖徳太子を結びつけたのは僕ですが、
「日本という国、そして日本人の思想の骨格を作ったのは聖徳太子だ」
というのは、僕の説ではありません。
井沢元彦氏が「逆説の日本史」シリーズの最初の方で指摘していることです。
それを大東亜戦争に援用しただけだったりします。

でも、「和」を大切にする価値観は、国際社会では通用しない。
そのジレンマと、「信念を貫く」という大和魂とが重なり合って、先の大戦に踏み切ったのではないのかな、と思うんです。

まぁ、いずれにしても、「負けたから悪」という考え方には、何がどうあっても賛成できない。
なんでそんな自虐史観ばかり教えるんだ? というのが一番腹が立つ部分で、首相の靖国参拝について内政干渉してくる中国、韓国は、日本人としてどうしても許せない。
だから、余計に僕の針は右に振り切れる傾向があります。

・・・僕はすぐに話がそれてしまうので、あまり気にしないでください
・・・orz

いずれにせよ、歴史を語る際には、宗教的観点が絶対に必要だと思う次第です。
「日本は無宗教国家」とはよく言われていますが、これについては、
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/cat2651376/index.html
の中にある「日本は無宗教国家か」の項と、宗教カテゴリーに入れてある
「相対性と絶対性」
http://showkei.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_553a.html
あたりを、時間があれば読んでみてください。

>誤りを認めない人は、右翼的な人でもあまり好きではありません。

それは僕も同じ。

投稿: 小兄 | 2006年12月10日 (日) 03時05分

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